先日、10数年ぶりの介護支援専門員再研修が無事終了しました。
コロナ禍と重なる貴重な「猶予期間」。
いよいよ自分の残り半分の職業人生を選択するときとなり、元・作業療法士として、医療機関でも介護施設でもなく、子どもたちの暮らしの場「児童養護施設」で働くことを選びました。
えっ!?「作業療法士」やめるの?
約20年悩める作業療法士として開いた扉の先は、名称独占の作業療法士として働く場ではなく、作業療法の知識・技能を糧に、社会的養護を必要とする子どもたちの生活・暮らしの場でした。
作業療法はわかりにくい
作業って何?
作業療法士の専門性って何?
これほど、自分の仕事に悩み、多様な広がりを見せる「専門職」は他にないのではないかと思います。
激変する時代の中で、作業療法士は「作業療法の専門家」としてどうあるべきか。
求められている支援は
その人にとって意味のある作業に焦点をあてた支援
このことをあらためて言語化した『作業療法の定義』が2018年5月に改定されました。
そして【作業療法について話そう】が出版されました。
作業療法士はなぜアイデンティティに悩むのか?
パイオニア世代からミレニアム世代(2000年前後に作業療法士となった自分の世代)、そして次世代へと引き継がれてきた悩みへのヒントと、今後への期待を込めたバトンです。
生活・暮らしにこそ作業療法は活かされる
20数年悩める作業療法士が開いた扉の先を自分にとっての「正解」にしたい。
だからこそ今、【作業療法の話をしよう】に向き合いました。
悩んできたこれまでも含めて、今、思うこと、記録しておきたいと思います。
【作業療法の話をしよう】作業の力に気づくために
【作業療法の話をしよう】
はじめに より人は、話すことによって自分の知識を確かめ、新しいことに気づきます。日常のありふれた話の中に、みんなに知らせたい知恵や感動が潜んでいます。作業療法は、人がよりよく生きるための哲学と具体的な実験が融合する分野です。私が作業療法士になる前から、そして今まで、「作業療法はわかりにくい」「説明してもわかってもらえない」といわれてきました。それでも、作業療法士たちは、作業療法の話をすることが大好きです。
第1章 作業療法のはじまりから今日まで
【作業療法の話をしよう】
はじめに より第1章は、作業療法の歴史です。ヒポクラテスの時代から、特別なものではなく普段の日常の中にあるものを治療に用いるという発想があったことを知り、嬉しくなりました。健康づくり、地域づくりのために、日常行う作業を活かすという現代の取り組みにつながります。
作業療法の歴史については、鎌倉矩子先生の著書【作業療法の世界】、山根寛先生の著書【ひとと作業・作業活動】でも学びました。
作業療法の歴史は、人々の暮らしの歴史とともにある。
戦争や人口構造の変化、経済状況、科学技術の発展、社会の価値観と切り離してはなりたちません。
医学モデル全盛期に米国から輸入され、国家資格となった日本の作業療法は、日本独自の歴史を歩んできました。
働く場の多くは医療保険制度下の医療機関でしたが、高齢化社会、地域包括ケアの時代への流れの中で、介護保険制度下の事業所、児童発達支援、就労支援の場へと広がりつつあります。
1990年代からエビデンスに基づいた医療が注目される中、作業療法の成果は、作業で示すべきだという考えから、作業療法理論、評価法の開発、作業の定義づけが行われ、作業ができることは、健康の指標の一つであることが明らかにされてきました。
作業療法は、公的機関、民間機関、ボランティアなど広い範囲で実践される。
誰もが作業を通して成長し、より人間になり、より社会を創造しうる。
誰もが、自分に合った作業と出会い、その作業を行うことができる環境が必要である。
作業の効果を最大化する知識と技能をもつ作業療法士を、未来は必要としている。
第2章 作業療法のことば
【作業療法の話をしよう】
はじめに より第2章は、作業療法の理論です。何を見て、何をするのか、どこまでするのか、何が成功で何が失敗か、こうしたことを考えることができるのは、理論があるからです。医師の処方のもとで働く技術者という見方で作業療法士を理解することは困難です。それは、作業療法士がみるべきクライエントの作業を、医師が処方することはできないからです。
どのような作業がその人の健康に寄与するのかをみつけることに、作業療法の理論が役に立ちます。
人間作業モデルから作業療法10の戦略
第2章では、人間作業モデルの始まりと発展として、人と環境と作業を結ぶ作業療法実践のために、作業療法士開発した評価法とともに、理論を実践するための10の戦略がまとめて紹介されています。
筆者がはじめて、人間作業モデルの研修に参加したのは、2つ目の職場で作業療法室開設から、回復期リハ病棟への転換、数名の後輩をむかえ変化を問われた頃でした。
そして、本書の著者:吉川ひろみ先生が邦訳された、クライエント中心の面接評価「カナダ作業遂行測定:COPM」を取り入れました。
何とか「作業を基盤とした実践」がしたい。
作業療法を、心身機能、生活機能の評価、支援+余裕があれば「趣味・余暇活動」という型に留めたくない。
しかし、身体機能を良くする、日常生活動作を改善させるのがリハビリテーションの仕事という、日本の作業療法が医学モデル、制度内で培ってきた現実(これが間違いというものでもない)です。
その中で、作業療法士は「精神面も余暇活動もサポートできますよ」と、オマケの主張をすることで精一杯という状況を、なかなかダイナミックに変えられずにいました。
生活行為向上マネジメントの実践
介護保険制度下に実践の場をうつし数年、通所リハの運営に関わっていた2015年の介護報酬改定、そこで示されたのは、「心身機能から活動と参加へ」という上からの号令でした。
厚労省から「興味・関心チェックリスト」を活用することを制度的に指示され、作業療法の実践そのものである「生活行為向上リハビリテーション」に2000単位という大きな報酬と、「リハビリテーションからの卒業」が紐づけられた。
個別リハ20分の限界に、「リハビリしてください(機能訓練・マッサージしてください)」という慣例に、負けて、あきらめていた自分がいなかったか?
通所リハでは何年も前から、集団で手芸をすることを「作業療法」と称していたことに悶々とし、
リハビリは機能訓練、PTもOTも在宅の現場では一緒。
わかりにくい作業療法を説明することから、つい逃げていたのではないか。
せめて訪問リハの場で、自分の得意を活かせる事例にだけ、自分なりに作業療法を表現してそれでよしとして甘んじていなかったか。
このままではダメだ。
強い危機感を持ちました。
生活行為向上マネジメント研修、事例報告、臨床作業療法学会での事例発表…できることから、取り組みました。
が…、日々の記録、リハビリテーション計画書、毎月の報告書、リハビリテーション会議録等々、大量の書類業務に加えて、大量の文字情報としての生活行為向上マネジメントツールを取り入れることができませんでした。
考える、伝えるための道具としての言葉
作業療法とは何か、なぜ作業が治療になるのか、どのように作業をすれば効果的か、という問いに答えようとして生まれた考えをまとめたものが、作業療法理論。
occupation=占有する という意味の英語が「作業」と訳され作業療法として日本に入ってきました。
「作業」は労働・使役という意味を含む日本語でもあり、「作業」が何をさすのかの説明から、作業療法には求められます。
ある学校の実習説明会の場で、作業療法学科を志望する学生が少ないことを憂う学長さんが、「作業」療法という名前を変えたらいいんじゃないかとおっしゃられていたこともあります。
今一度、「作業」の意味を作業療法士こそが自信をもって説明できる言葉を持つ。
作業についての考えを深め、探求する。
作業遂行から「作業との結びつき」を考える。
まだまだ、作業を巡る問いと実践は途上にあることが本書には正直に綴られています。
第3章 作業療法をする人/第4章 作業療法の物語
【作業療法の話をしよう】
はじめにより第3章は、作業療法士の知識と技能です。…作業療法過程が、マニュアル通りに進むものではないこともみんなが認めるようになりました。多様で流動的な作業療法過程では、強くしなやかな対応が求められます。…作業療法士になるまでも、作業療法士になってからも、作業療法士として成長を続ける必要があります。厳しい道のりではありますが、作業療法士として出会う物語から得られる感動は、人生を豊かにしてくれます。
第4章は、作業療法の物語です。…何人かの執筆者は、自分のしてきたことは作業療法の範疇ではないと思っていました。作業療法室以外で、作業療法士がいない場所で、変化が起こっていたからです。しかし、作業療法理論を知り、作業療法士の特性を理解すると、これこそが作業療法だといえます。
「作業療法士の専門性」とは何か
誰でも作業療法はできる?作業療法士でなくても、作業を通して健康や幸福になるすべを知って実行している人がたくさんいる(例えば、YouTubeにも障がいを持たれた当事者が生活の工夫、作業を通して健康であることを表現されている動画がたくさんあります)。
その上で、作業療法士は作業を通じて人の健康を促進する専門家であるという前提を裏切らないために必要な知識・技能とは何か?
「人ー環境ー作業の関係と、それと健康・幸福・人権の関係」についての知識・技術・態度こそが、他の医療職や専門家と異なる特有のものです。
本書では、「人」「環境」「作業」ごとに作業療法士が持つべき知識・技術の概要が一覧で示されています。
つづく、第4章の作業療法の物語。悩みながらも何かできないかと臨床に立っている作業療法士なら誰もが、忘れられない物語を持っていることを思い返しました。
「誇れる技術がない」と落ち込むことの多かった自分の中にも、主婦業を取り戻されたAさん、夢中でPCに向かったUさん、車の運転に挑戦されたKさん、看取りの直前まで好きな手仕事を楽しんだCさん…何人かの忘れられない作業とつないだ物語、確かにあります。
第5章 悩める作業療法士が開く扉
一つの答えとして、私は作業療法士として働くことから「戦線離脱」ともとれる扉を開いてしまいました。
社会的に「作業療法士」として働かなければ、どれだけ作業療法の知識・技能を活かして働いても、作業療法士の社会的評価にはつながらない。
「戦線離脱」を申し訳ないと思う気持ちと、現制度の枠内、地域医療介護の現場では、すでに精一杯もがいてきた。という思いとが交錯しています。
【作業療法実践を阻む壁】
✔作業療法に対する認識の壁
何もしていないようにみえる、あたりまえの生活と人を結ぶ「作業療法過程」は一つとして同じ関わりはなく、流動的であるということ。
✔実践環境と時間の壁
保険制度の枠内の20分や40分の時間内にはおさまらない。
作業療法士が手技を「施す」のではなく、クライエントが作業の力を確信するに至る共同の実践過程こそが作業療法であるということ。説明よりも事例の変化で示すしかないということ。
本章にまとめられている「作業療法実践を阻む壁」を20年以上実感してきたからこそ、「作業療法士」を離れて、新たな場で作業療法を見つめ直し、自分なりに乗り越えたいと思っています。
開いた扉の向こう側にあるもの
最終章は、レジェンド作業療法士による「作業療法の話をしよう」座談会が未来を展望する視点でまとめられています。
悩める一人の作業療法士が選んだ未来
限られた残りの人生の時間を、ずっと心にあった、社会的養護を必要とする子どもたちの暮らしの場に注ぎたいと新たな道を選択しました。
アイデンティティに悩む作業療法士は、他職種への転職が多いという実感があります。
カフェや雑貨屋さん、パン屋さんにケーキ屋さんというような「いかにもほんわかOTらしい」転職もあれば・・・
「対象者に一番近い存在としてかかわっていきたい」という思いで、介護職になった人も知っています。
一方で子どもの分野には、保育士や教職から、もっと「子どもたちに何かできることはないか」と知識を求めて、作業療法士になる方が多くおられます。
私は、ひとりの悩める作業療法士として七転八倒しながら、つかんできた「人と環境と作業」を結ぶ知恵を、一番身近な大人として、子どもたちの生活の場で、子どもたちの成長のために活かしたいと新たな扉を開きました。
職務経歴書にも履歴書にも「作業療法」を強みとしてアピールする、異色の中高年を受け入れ、ご縁をくださった職場で、自分なりに格闘してみようと思っています。
開いた扉の向こう側でも、作業の力を忘れずに、人と環境をつなぎ育てていきたい。
新しい職場でのスタート目前、アンビバレントな作業療法への思いも含め、『作業療法の話がしたい!』と記事にしました。
最後まで読んでくださった方、ちらっとでも見てくださったすべての方に感謝です。